1. はじめに
透明プラスチックはエレクトロニクス分野において欠かせない材料となっていますが、無機光学ガラスに比べると屈折率・熱膨張率・耐熱性の面で劣ってしまいます。すなわち、今後の透明材料には加工性の良さ・耐衝撃性・軽量・安価といったプラスチック材料のもつ利点と、高屈折率・低熱膨張率・耐熱性といった無機ガラス材料のもつ利点のいずれも要求されます。
これらの問題を解決する手段の1つに有機–無機ハイブリッド化があり、有機プラスチック材料のみでは限界がある屈折率の向上も、屈折率の高い酸化チタン(TiO2)や酸化ジルコニウム(ZrO2)などの金属酸化物ナノ粒子をプラスチック中に分散させることで解決できると考えられます[1]。しかし、このような屈折率の異なる2種の物質が可視光波長程度(数百nm)のレベルで複合化されると、光学的な散乱が起こるために濁ってしまい透明材料として利用できません。すなわち、光学的な散乱が起こらないハイブリッド材料を創製するためには、可視光波長よりも十分に小さい(数nm〜数十nmの)レベルで安定に分散する金属酸化物ナノ粒子の合成が非常に重要になってきます。
[1] 金子芳郎, (高・低)屈折率材料の作製と屈折率制御技術, (株)技術情報協会編, 2014, 153. URL
2. 高度な水分散性を有するシリカ/シルセスキオキサン複合材料(水溶性シリカ)の合成
水分散性金属酸化物/SQ複合ナノ粒子の合成について説明する前に、まずはこれらの材料を合成するための基盤技術となる水溶性シリカ/SQ複合材料の合成について説明します。
シリカの原料であるテトラメトキシシラン(TMOS)とアンモニウム基含有ロッド状(ラダー状)PSQの原料であるAPTMSの混合物のゾル-ゲル反応により、高度な水分散性を有するシリカ/SQ複合材料が得られることを見出しています(図1)[2]。具体的には、TMOSとAPTMSの仕込み比を変えてHCl水溶液中で撹拌し、その後開放系で加熱することで溶媒を蒸発させるゾル−ゲル反応を行ったところ、TMOSを全体の70%まで加えても(TMOS/APTMS (mol/mol) = 7/3)高度な水分散性を示す材料が得られました。
シリカ/SQ複合材料の水分散液(10 wt%)は、無色透明で可視光波長領域で100%に近い透過率を示し、数日間放置しても生成物は析出しませんでした。また、水への分散と凍結乾燥による固体生成物の析出は繰り返し行うことができ、再分散可能な材料であることを明らかにしました。
[2] Y. Kaneko, N. Iyi, T. Matsumoto, and H. Usami, J. Mater. Res., 2005, 20, 2199. URL
3. 高度な水分散性を有する酸化チタン/シルセスキオキサン複合ナノ粒子の合成
当研究室では、前項の水分散性シリカ/SQ複合材料のゾル–ゲル合成において、シリカの原料であるTMOS をTiO2の原料であるチタンテトラアルコキシドに置き換えて、APTMSとの共重合(ゾル–ゲル反応)を検討したところ、HClメタノール溶液中と水中で段階的に行う反応(2段階ゾル–ゲル反応)により、非常に透明性の高い水分散液を得るようなTiO2/SQ複合ナノ粒子(TiO2/SQ-NP)が得られることを見出しました(図2a)[3-6]。
TiO2/SQ-NPの水分散液の透明性を評価するためにUV-Vis測定を行ったところ、1.0 w/v%以下の濃度では波長500 nmの可視光で97%以上の透過率を示し、非常に透明性の高い水分散液であることが分かりました。一方、波長340 nm以下の紫外光領域では透過率が0%であり、TiO2の特徴の1つである紫外線吸収能を有することが確認されました。
また、TiO2/SQ-NPの水への分散と凍結乾燥による固体生成物の析出は繰り返し行うことができ、再分散可能な材料であることも明らかとなり、さらにDLSおよびTEM測定よりTiO2/SQ-NPは水に良好に分散する平均粒径10 nm以下の球状ナノ粒子であることが分かりました。
[3] Y. Kaneko, J. Nanosci. Nanotechnol., 2011, 11, 2458. URL
[4] 化学工業日報、2010年7月5日(月)、4面
[5] 西日本新聞、2010年7月14日(水)、32面
[6] 南日本新聞、2010年7月28日(水)、12面 →新聞記事はこちら
4. 高度な水分散性を有する酸化ジルコニウム/シルセスキオキサン複合ナノ粒子の合成
当研究室では、非晶質な状態でTiO2よりも屈折率の高いZrO2を含む水分散性複合ナノ粒子(ZrO2/SQ-NP)の合成についても検討しています。ZrO2/SQ-NPの合成はTiO2/SQ-NPの場合とほぼ同様な手法(2段階ゾル-ゲル反応)により行いました(図2b)[7]。
ZrO2/SQ-NPの水分散液(1.0 w/v%)の透明性を評価するためにUV-Vis測定を行ったところ、原料の仕込み比APTMS/ZTB (mol/mol)が0.3 以上の場合において可視光波長領域で95%以上の透過率を示し、非常に透明性の高い水分散液であることが分かりました。
また、ZrO2/SQ-NP(APTMS/ZTB = 0.3)の水への分散と固体生成物の析出は繰り返し行うことができ、再分散可能な材料であることも明らかとしました。さらに、2.0 w/v%水分散液のDLS測定より、仕込み比APTMS/ZTB = 0.3で得られたZrO2/SQ-NPでは4.6±2.4 nm、APTMS/ZTB = 1.0では23.8±7.3 nmであり、水に良好に分散するナノ粒子であることが確認されました。
[7] Y. Kaneko and T. Arake, Int. J. Polym. Sci., 2012, 984501. URL
5. 炭化水素成分を含まない高分散性酸化ジルコニウムおよび酸化チタンナノ粒子の超強酸触媒によるゾル-ゲル合成
前述までとは異なり、SQ成分による高分散化の研究ではありませんが、ジルコニウムやチタンのテトラ-n-ブトキシドを原料に用いて、超強酸であるビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(HNTf2)の水/メタノール混合溶媒中でのゾル-ゲル反応を行ったところ、高分散性で炭化水素成分を含まない酸化ジルコニウムおよび酸化チタンナノ粒子(ZrO2–NTf2–NPおよびTiO2–NTf2–NP)が得られることを見出しました(図3)[8]。ZrO2–NTf2–NPはアセトン、エタノール、メタノール、DMF、DMSOおよび水に分散し、一方、TiO2–NTf2–NPはアセトン、DMF、DMSOおよび水に分散可能でした。おそらく、NTf2アニオンがナノ粒子表面に分散剤として存在することで、以上の溶媒中での凝集が抑制されたと考えています。
[8] T. Nakahara and Y. Kaneko, J. Nanosci. Nanotechnol., 2020, 20, 2755. URL
Last updated on October 15, 2021