1. アンモニウム基含有POSSの高収率・短時間合成
かご状オリゴシルセスキオキサン(SQ)はPOSS(polyhedral oligomeric silsesquioxaneの略称)とも呼ばれ、これまでに様々な種類のPOSSが合成されていますが、比較的低収率で長時間の反応を要するものが多いのが現状です。これは、モノマー8分子でかご状構造を形成させるためには(8量体POSSの場合)、重合反応によるポリマー化やゲル化が起こらないようにする必要があり、このためにPOSSを合成するためには希薄溶液中、穏やかな条件下で縮合反応を行わなければならないからです。
当研究室では、アンモニウム基含有ラダー状PSQの合成(図1a)における酸触媒を、超強酸のトリフルオロメタンスルホン酸(CF3SO3H or HOTf)水溶液に代えることで、アンモニウム基含有POSSを高収率(93%)、短時間(5〜6時間)で合成できることを見出しました(図1b)[1]。すなわち、触媒の酸性度を変えるだけで、ラダー状のポリマーとかご状のオリゴマーを選択的に合成できることを明らかにしました。
POSS化合物は、シリカ粒子の最小構造と見なすこともでき、今後様々な有機ポリマーとのハイブリッド化により、耐熱性などに優れる材料の創製が期待されます。
[1] Y. Kaneko, M. Shoiriki, and T. Mizumo, J. Mater. Chem., 2012, 22, 14475. URL
2. 透明な膜が形成可能な低結晶性POSSの合成
POSSは、Si-O-Si結合からなる安定なかご状構造により、耐熱性や力学強度に優れる材料として応用が期待されています。しかし、対称構造をもつPOSS化合物は、結晶性が高いために粉末状のものが多く、POSS単独での材料化、特に光学的に透明な材料を創製することは困難とされています。このことから、POSSを材料として応用するために現状では、高分子材料とナノレベルで混合(ハイブリッド化)するか、あるいはPOSS同士を連結して高分子化する必要があります。
一方、当研究室では、2種のアミノ基含有有機トリアルコキシシラン(APTMSとAEAPTMS)の混合物を、超強酸(CF3SO3H)水溶液を用いて前述と同様な手法により加水分解/縮合反応を行ったところ、透明な膜が形成可能な低結晶性POSS(Low-C POSS)が得られることを見出しました(図2)[2]。つまりPOSS単独でも透明材料としての可能性を見出すことができました。
Low-C POSSが低結晶性である理由として、2種の置換基がPOSSの側鎖にランダムに存在していることにより、分子の対称性が低下したためと考えています。このようにLow-C POSS中には可視光が散乱するような大きさの結晶ドメインがほとんど存在しないことから、光学的に透明な膜が形成されたと考えています。
低結晶性POSSは、単独での利用も考えられますが、高分子材料とのハイブリッド化においても、高分子中でPOSS同士の凝集が抑制されるなどのメリットを有すると考えられ、今後耐熱性ハイブリッド材料へと展開が期待されます。
[2] T. Tokunaga, M. Shoiriki, T. Mizumo, and Y. Kaneko, J. Mater. Chem. C, 2014, 2, 2496. URL
3. POSS骨格を主鎖にもつ可溶性ポリマーの簡易合成
POSSを材料応用する手法として、POSSのポリマー化がこれまでに検討されています。しかし、可溶性のPOSS含有ポリマーを得るためには、通常多段階の合成過程を必要とするため可溶性POSS含有ポリマーの簡便な合成手法の開拓が望まれています。
一方でこれまでに当研究室では、前述のように超強酸のCF3SO3H水溶液を触媒に用いてAPTMS(図1)[1]やAEAPTMS [2]、さらにこれらの混合物(図2)[2]の加水分解/縮合反応により、アンモニウム基含有POSSを短時間・高収率で簡便に合成する手法を報告しています。
そこで、POSSの原料となるアミノ基含有有機トリアルコキシシラン(AEAPTMS)と架橋型有機アルコキシシラン(BTMSPA)の混合物の、CF3SO3H水溶液を触媒に用いた加水分解/縮合反応を検討したところ、POSS構造を主鎖にもつ可溶性ポリマーを一段階で簡便に合成できることを見出しました(図3)[3]。生成物はPOSSが平均10個程度連結したポリマーであり、透明な膜を形成することも可能です。また、熱分解温度(Td5)は351℃であり熱安定性に優れる材料です。
[3] T. Tokunaga, S. Koge, T. Mizumo, J. Ohshita, and Y. Kaneko, Polym. Chem., 2015, 6, 3039. URL
4. アンモニウム基含有10量体POSSの優先的合成と簡便な分離
学術・産業の両分野において、POSS研究の中心は8量体POSS(T8-POSS)です。これは、合成および単離が容易であるためと思われ、10量体以上の大きな構造のPOSS(T10-POSSやT12-POSSなど)を優先的に合成する研究例は限られています。特に上記のようなアンモニウム基含有POSSにおいては、T8-POSSが主生成物として一般に形成されます。
当研究室では前述のように、CF3SO3Hを触媒に用いてAEAPTMSやAPTMSの加水分解/縮合反応を検討してきました。これらの実験を行っていく中で、1-へキサノールを溶媒に用いた場合に、T10-POSSの割合が高いPOSS混合物が得られることを見出しました(図4)[4]。さらに、T8, T10, T12-POSSの混合物はアルコールに対する溶解性の違いを利用した簡便な方法で、T8-POSSとT10, T12-POSSに分離可能であることも明らかにしました[4]。
10量体以上の大きな構造のPOSSは非晶質であるものが多く(特に、脂肪族側鎖置換基をもつPOSS)、透明なキャスト膜の作成も可能であり、今後耐熱性透明フィルム等への応用が期待されます。
[4] K. Imai and Y. Kaneko, Inorg. Chem., 2017, 56, 4133. URL
5. アンモニウム基含有8量体POSSの選択的・高収率合成
4で述べたように、HOTfを触媒に用いたアミノ基含有有機トリアルコキシシランの加水分解/縮合反応において、得られるPOSSのサイズと反応溶媒の種類に相関性があることを見出しました。さらに本研究では、溶媒にDMSOを用いて同様の反応を行ったところ、8量体POSS(T8-POSS)が選択的に、高収率で得られることを明らかにしました(図5)[5]。
[5] T. Matsumoto and Y. Kaneko, Chem. Lett., 2018, 47, 864. URL
6. アンモニウム基含有POSSの合成における温度・減圧度・溶媒蒸発時間の影響
APTMSなどのアミノ基含有有機トリアルコキシシランの加水分解/縮合反応をHOTf水溶液中で加熱濃縮する方法にて行うと、T8-POSSが主生成物として得られることを前述しましたが、さらに詳細にこの反応を検討するため、クーゲルロール装置を用いて温度・減圧度・溶媒蒸発時間を変えてこの反応を行いました。60℃のような比較的低い設定温度では、減圧度・溶媒蒸発時間にかかわらずT8-POSSが主生成物であったのに対して、100~120℃のような比較的高い設定温度で、減圧度をあまり下げずに6時間以上かけて溶媒をゆっくり留去した場合には、T10-POSSの割合が高くなることがわかりました(モル比で約60%)(図6a)[6]。同様な方法による第二級、第三級、第四級アンモニウム基含有POSS(POSS-Am(2)、POSS-Am(3)、POSS-Am(4))の合成においても同様な傾向が見られ、比較的高い設定温度で、減圧度をあまり下げずに長時間かけて溶媒をゆっくり留去するとT10-POSSの割合が高くなりました(モル比で60%以上)(図6b-d)[7]。温度・減圧度・溶媒蒸発時間とPOSSのサイズの相関性については明らかになりつつも、このメカニズムは未だにわかっていません。
[6] T. Matsumoto and Y. Kaneko, Bull. Chem. Soc. Jpn., 2019, 92, 1060. URL
[7] T. Matsumoto and Y. Kaneko, J. Sol-Gel Sci. Technol., 2020, 95, 670. URL
7. カルボキシル基含有POSSの合成と粘土鉱物を使った単離
側鎖に反応性基を有するPOSSは、ポリマーなどの有機材料との共有結合によるハイブリッド化や、重合によるポリマー化が可能であり、高機能ハイブリッド材料創製のための無機素材として期待されています。しかし、カルボキシル基のような酸性側鎖置換基を有するPOSSを三官能性シラン化合物から直接合成する研究例は知られておらず、これは原料であるカルボキシル基含有トリアルコキシシランは一般的な試薬として存在しないためです。
そこで本研究では、加水分解/縮合反応によって、有機トリアルコキシシランから直接カルボキシル基含有POSSを合成することを目的に、3-(トリエトキシシリル)プロピルコハク酸無水物(TESPSA)を原料に用いて、塩基触媒としてテトラ-n-ブチルアンモニウムヒドロキシド(n-Bu4NOH)及びNaOH、酸触媒としてHOTf及びHClを用い、加水分解/縮合反応を検討しました。その結果、n-Bu4NOH及びHOTfを触媒に用いて得られた生成物は、POSSが主生成物であるSQ混合物であり(図7)、一方、NaOH及びHClを触媒に用いて得られた生成物は高分子量の可溶性ポリSQであることが分かりました [8]。さらに、粘土鉱物への選択的吸脱着を利用して、8量体POSS (T8-POSS)のみを単離する手法を見出しました [8]。
[8] J. Liu and Y. Kaneko, Bull. Chem. Soc. Jpn., 2018, 91, 1120. URL
8. 可溶性ロッド状PSQの構造変換反応によるカルボキシル基含有POSSの合成
新たな方法でのカルボキシル基含有POSSの合成についても検討しています。2-シアノエチルトリエトキシシランのNaOH水溶液を用いた反応でカルボキシル基含有ロッド状PSQを合成した後(こちらの「3」を参照)、このPOSSをHOTf水溶液中で加熱処理し、その後溶媒を留去することでカルボキシル基含有POSSが得られることを明らかにしています(図8)[9]。T10-POSSが主生成物で、T8-POSSとT12-POSSもわずかに含まれていますが、POSS以外の成分は含まれていません。
[9] T. Kozuma and Y. Kaneko, J. Polym. Sci. Part A: Polym. Chem., 2019, 57, 2511. URL
9. アンモニウム基およびカルボキシル基含有POSSが連結したポリアミドによる防曇膜の創製
防曇膜は光の正常な通過や反射が妨げられると問題になる用途、例えばショーウインドウ、ゴーグル/ヘルメット、ビニールハウス、自動車のガラス/ミラー、医療器具、太陽光発電パネルなどで利用が期待されています。防曇には、基板表面を撥水性にして水滴自体を付きにくくする方法と、親水性にして薄い連続した水膜を形成させる方法が主に用いられ、特に後者におけるポリマーコーティングが主流となりつつあります。しかし、これらの有機ポリマーの硬度は十分ではなく、引っかき傷や摩耗などにより、透明性や防曇性は次第に低下していくことが課題です。
そこで当研究室では、ハードコート性を示す防曇膜の素材として、前述のアンモニウム基含有POSS(POSS-Am(1))とカルボキシル基含有POSS(POSS-C)を重縮合して、POSS連結型ポリアミド(POSS Polyamide)を合成しました(図9)[10]。POSS Polyamideは、水、DMSO、メタノールなどの極性溶媒に可溶であったことから、分岐構造はあまり持たず直鎖状に2種のPOSSが連結したと推察されます。
POSS Polyamideのキャスト膜を作成し、ハードコート性の評価を鉛筆硬度試験により行ったところ、引っかき硬度は5Hでした(図9写真左)。このような比較的高いハードコート性を示した理由として、剛直なPOSSが連結したポリマーが、キャスト膜作成の際の加熱処理により、ポリマー側鎖のアンモニウム基とカルボキシル基が脱水縮合し、新たなアミド結合を形成することで架橋構造が形成されたためだと考えています。
POSS Polyamideのキャスト膜の防曇性の評価は、キャスト膜を熱水(約80℃)の5 cm上に置き、水蒸気を暴露して行いました。最初は曇らず防曇性を示し、途中で曇りだしますが、さらに水蒸気を暴露することで透明になり、最終的には防曇性を示しました(図9写真右)。POSS Polyamideの加熱処理後のキャスト膜は、おそらく新たなアミド結合形成により多孔質な架橋構造を有していると推察しています。水蒸気の暴露において、多孔質構造内に水蒸気として水分子が浸入し、そこで冷却されて生成した水が孔内を満たすことで、キャスト膜表面の親水性を高め、連続した水膜を形成し、防曇性を示したと考えています。
[10] T. Kozuma, A. Mihata, and Y. Kaneko, Materials, 2021, 14, 3178. URL
※以下は、当研究室の超強酸触媒を用いたPOSSの合成についてまとめた論文です。
[11] Y. Kaneko, J. Sol-Gel Sci. Technol., 2022, 104, 588. URL
Last updated on November 19, 2022