ロッド状(ラダー状)ポリシルセスキオキサン

1. はじめに 〜シルセスキオキサンとは〜

図1 シルセスキオキサン(SQ)の合成と構造
図1 シルセスキオキサン(SQ)の合成と構造

 三官能性有機アルコキシシランの加水分解とその後に続く縮合反応により合成される化合物は、1つのケイ素(Si)原子に対して1つの置換基(R:主に有機置換基)と平均1.5個(ラテン語でsesqui)の酸素(O)原子が結合した(RSiO1.5)nの構造で表され(代表的な構造を図1に示す)、シルセスキオキサン(silsesquioxane: SQ)と呼ばれています [1,2]。

 SQは、Si-O-Si結合由来の熱的・力学的・化学的安定性を有することに加えて、Rに機能性基を導入することで様々な性質を付与することが可能であり、さらにこのRの存在によりポリマーなどの有機物との相溶性に優れることから、有機–無機ハイブリッドの分野を中心に近年非常に注目されている材料です。熱的に安定な材料であるSQは、耐熱性を必要とする用途(例えば、パワー半導体やLEDの封止材等)で利用が検討されています。

 またSQは、このような優れた物性のみならず、図1に示すような様々な構造が知られており、基礎的な材料合成化学の観点からも興味深い材料です。しかし、ラダー型に代表される規則構造を有するポリSQ(PSQ)の合成は難しく、その構造解析法も完全に確立されていません。

 当研究室では、反応中にイオンを形成する側鎖置換基をもつ有機トリアルコキシシランの加水分解/縮合反応により可溶性のラダー状PSQが簡便に得られることをこれまでに見出しています(総説・解説・書籍等 [3-14])。

 

[1] 伊藤真樹監修,“シルセスキオキサン材料の最新技術と応用”,シーエムシー,2013. URL

[2] 金子芳郎, 化学と工業, 2012, 65(9), 694. URL

[3] Y. Kaneko and N. Iyi, Z. Kristallogr., 2007, 222, 656. URL

[4] 金子芳郎, 井伊伸夫, 高分子論文集(特集号=無機高分子), 2010, 67, 280. URL

[5] 金子芳郎, 表面, 2010, 48, 92.

[6] Y. Kaneko, H. Toyodome, M. Shoiriki, and N. Iyi, Int. J. Polym. Sci., 2012, 684278. URL

[7] 金子芳郎, "シルセスキオキサン材料の最新技術と応用", シーエムシー, 2013, 32. URL

[8] 金子芳郎, "ゾル–ゲル法の最新応用と展望", シーエムシー, 2014, 7. URL

[9] 金子芳郎, 高分子論文集(特集号=ハイブリッド高分子), 2014, 71, 443. URL

[10] 金子芳郎, ケイ素化学協会誌201532, 19. URL

[11] 金子芳郎, "水溶性高分子の最新動向", シーエムシー, 2015, 156. URL

[12] 金子芳郎, 日本接着学会誌201652, 325. URL

[13] 金子芳郎, "ゾル-ゲルテクノロジーの最新動向", シーエムシー, 2017, 24. URL

[14] Y. Kaneko, Polymer, 2018, 144, 205. URL

2. ヘキサゴナル積層構造を有するアンモニウム基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成

図2 ヘキサゴナル積層構造を有するアンモニウム基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成
図2 ヘキサゴナル積層構造を有するアンモニウム基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成

 当研究室では、原料(モノマー)として3-アミノプロピルトリメトキシシラン[15]や3-(2-アミノエチルアミノ)プロピルトリメトキシシラン[16]などのアミノ基含有トリアルコキシシラン(シランカップリング剤の一種)を用い、塩酸などの強酸水溶液中でアルコキシ基の加水分解とそれに続く脱水(脱アルコール)重縮合反応(ゾル-ゲル反応)を検討したところ、規則的な分子構造および高次構造(ラダー状構造とヘキサゴナル積層構造)を有する水溶性のPSQが得られることを見出してきました(図2)。

 通常、このような3官能性モノマーの重合反応では不規則な3次元ネットワーク構造(ランダム構造)を形成し不溶性の材料となりやすいのですが、モノマー中のアミノ基と触媒の強酸から形成される塩(イオン)の働きにより、ラダー状構造のような1次元方向に分子鎖が生長した可溶性のPSQが得られたと考えています。ラダー状構造の形成に関する議論はこちらを参照ください。

 

[15] Y. Kaneko, N. Iyi, K. Kurashima, T. Matsumoto, T. Fujita, and K. Kitamura, Chem. Mater.200416, 3417. URL

[16] Y. Kaneko, N. Iyi, T. Matsumoto, and K. Kitamura, Polymer200546, 1828. URL

3. ヘキサゴナル積層構造を有するカルボキシレート基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成

図3 ヘキサゴナル積層構造を有するカルボキシレート基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成
図3 ヘキサゴナル積層構造を有するカルボキシレート基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成

 前述のような、側鎖がカチオンで、対イオンがアニオンであるイオンの組み合わせだけではなく、電荷が反対の組み合わせ(側鎖がアニオン、対イオンがカチオン)でも、規則的な構造をもつPSQが形成されることを見出しています。

 具体的には、シアノ基含有有機トリアルコキシシランのNaOH水溶液中でのゾル-ゲル反応を検討したところ、ヘキサゴナル層に積層するカルボキシレート基含有ラダー状PSQが得られることを見出しました(図3)[17]。シアノ基は加水分解によりカルボキシル基に変換可能なので、このカルボキシル基とNaOHでイオンを形成し、これが規則構造形成のための駆動力になったと推察しています。

 この成果により、規則的な構造を有するPSQの合成において"イオン"の形成が重要であることの一般性を証明することができました。また、このような基礎学理を確立しただけではなく、世の中に数多く存在するカチオン性の有機機能材料と、イオン性相互作用によりハイブリッド化することが可能となるため、材料としての応用展開も今後期待されます。

 

[17] H. Toyodome, Y. Kaneko, K. Shikinaka, and N. Iyi, Polymer201253, 6021. URL

4. ヘキサゴナル積層構造を有するスルホ基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成

図4 ヘキサゴナル積層構造を有するスルホ基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成
図4 ヘキサゴナル積層構造を有するスルホ基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成

 前述のように、規則的な分子構造やナノ構造を有するPSQを合成するためには、モノマーと触媒からなる塩(イオン)の形成が重要です。そこで、塩基性条件下での酸化反応によりスルホネートアニオンを形成する置換基であるメルカプト基含有有機トリアルコキシシランの、NaOH/H2O2混合水溶液中での加水分解/重縮合(ゾル–ゲル反応)を行ったところ、ヘキサゴナル相に積層する可溶性のスルホ基含有ロッド状(ラダー状)PSQが得られることを見いだしました(図4)[18]。

 スルホ基含有ポリマーは、ナフィオンに代表されるように固体高分子形燃料電池(PEFC)の固体電解質(プロトン伝導体)等に利用されており、近年注目されている材料ですが、ナフィオンは100℃付近にガラス転移点が存在するため、この温度以上では作動できません。このことから、耐熱性に優れるスルホ基含有無機ポリマーの開発が期待されています。

 本研究で合成したスルホ基含有PSQは、その候補になりえると期待しています。実際にこのPSQのプロトン伝導度を測定したところ、10^–2 S/cm(80℃、30–90%の相対湿度条件下で)を超える値を示し、今後PEFCの固体電解質(プロトン伝導体)としての応用を検討していく予定です。

 

[18] Y. Kaneko, H. Toyodome, T. Mizumo, K. Shikinaka, and N. Iyi, Chem. Eur. J.2014, 20, 9394URL

5. ヘキサゴナル積層構造を有するホスホン酸基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成

図5 ヘキサゴナル積層構造を有するホスホン酸(ホスホネート)基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成と性質
図5 ヘキサゴナル積層構造を有するホスホン酸(ホスホネート)基含有ロッド状(ラダー状)PSQの合成と性質

 ホスホン酸基をもつ化合物は、プロトン伝導体や難燃性材料などへの応用が期待されます。そこで、ホスホン酸基を側鎖に有するPSQの合成を検討しました。

 ホスホン酸ジエステル基を有するトリアルコキシシランである2-(ジエトキシホスホリル)エチルトリエトキシシラン(PETES)の濃塩酸を触媒に用いた加水分解/重縮合反応を行ったところ、ホスホン酸基含有可溶性ラダー状PSQ(PSQ-PO3H2)が得られ、PSQ-PO3H2を水酸化カリウム水溶液で処理して得られるホスホネート基含有PSQ(PSQ-PO3HK)は固体状態でヘキサゴナル積層体を形成することを見出しました(図5)[19]。PSQ-PO3H2の熱分解温度は460℃を超え、さらに比較的高いプロトン伝導度(6.3 x 10^-2 S/cm)を示したことから、熱安定性に優れる固体電解質としての応用が期待されます。

 

[19] A. Harada, K. Shikinaka, J. Ohshita, and Y. Kaneko, Polymer2017121, 228. URL

6. 疎水基含有ラダー状PSQの合成

図6 疎水性ラダー状PSQの合成
図6 疎水性ラダー状PSQの合成

 2.で述べたラダー状PSQの側鎖にはアンモニウム基(アミノ基)が存在するため、カルボン酸塩化物やカルボン酸無水物と容易に反応でき、アミド結合やイミド結合を介して種々の置換基を側鎖へ簡便に導入することが可能です。

 例えば、疎水性カルボン酸塩化物として、ベンゾイルクロリド(PhCOCl)、シクロヘキサンカルボニルクロリド(CyC6COCl)、ヘプタノイルクロリド(C6COCl)、ドデカノイルクロリド(C11COCl)を用いて、トリエチルアミン存在下DMFと水の混合溶媒中でアンモニウム基含有PSQ(PSQ-NH3Cl)と反応させることで、アミド結合を介して側鎖に疎水基をもつPSQ(PSQ-Ph,PSQ-CyC6,PSQ-C6,PSQ-C11)を合成しました(図6の上段)[20]。

 一方、疎水性カルボン酸無水物としてフタル酸無水物を用いて、トリエチルアミン存在下DMSOと水の混合溶媒中でPSQ-NH3Clと反応させることでフタルアミック酸含有PSQ(PSQ-PA)を合成し、PSQ-PAをDMF中で還流撹拌することでフタルイミド基含有PSQ(PSQ-PI)を得ました(図6の下段)[21]。

 これらのPSQは種々の有機溶媒に可溶であり、特にPSQ-Ph、PSQ-C6およびPSQ-PIの10%重量減少温度(Td10)においては400℃を越え、非常に高い熱安定性を示すことが分かりました。

 

[20] Y. Kaneko, H. Imamura, T. Sugioka, and Y. Sumida, Polymer201692, 250. URL

[21] S. Miyauchi, T. Sugioka, Y. Sumida, and Y. Kaneko, Polymer201566, 122. URL

Last updated on May 29, 2018